事実無根の証明



「事実無根を証明してください」
殺人犯をでっち上げられたスマイリーキクチさんが中傷を書き込まれて2chの運営から言われたこと。

悪いことをしていない証明というのは想像以上に難しい。
ネット上で勝手にキャラクターが作り上げられ悪人として独り歩きする。

そろそろネットの書き込みが完全に匿名で足が付かないものだと思っている人は減っていると思いたい。
手間がかかるとはいえ、不快に思った書き込みがあれば民事でも刑事でも誰でも情報開示ができる。

情報開示して、誰が書き込んだのか納得して然るべき対応を取るのであれば被害者として終わる。
だが、デマを疑わずに信じて一緒に批判を始めてしまったら、これは加害者になる。

残念ながら、多くの人は後者になってしまう。

「◯◯は悪いやつに違いない、だからみんなで◯◯を叩こう」

いくら他者を叩くことが中毒になってるとはいえ、相手が個人ならいつかしっぺ返しを喰らい、自身の間違った正義感を悔い改めることになるだろう、


●批判する前に調べる
ネット上で書き込み・発言するのはとても簡単なことだが、これからの時代は取締も強化され、サイト運営者も警察も動きが柔軟になりつつある。
自身の軽はずみな発言で後悔するくらいなら、書き込みをする前に調べる義務があるのだ。

先述したように、情報開示はやろうと思えば誰でもできる。
時間はかかるし、ものによっては開示できないものもあるだろう。
しかしながら個人を批判するということは、それだけ裏付けの必要なことでリスクを伴う行為である。


書かれる側に証拠を求めるのではなく、書く側に証拠を求める流れになってほしい。
嘘、もしくは事実であっても相手を貶める行為であれば罰せられるネット社会になっていかなければならない。


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意地でも信号無視する歩行者

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筆者は以前から道を譲らない車について書いてきましたが、今回は歩行者マナーについて。
中高生の坊主ならまだわからなくもないが、信号無視しないと死ぬのかと思うくらい止まらない人いますよね。

夜、自分が赤信号で待っているといい歳したおっさんサラリーマンが2人、横断歩道の左右を見渡すことなく突っ切っていく…

確かに車は来てないけど、全くいないわけではなく遠くには車の明かりが見える。

なんか自分だけ正直に信号守っててバカバカしくなるというか、自分がバカみたいに思えてきますね。
深夜なら筆者も信号無視しちゃうけど、よっぽど急いでない限りは一応止まってますね。

そのおっさんサラリーマンも急いでたのかと思ったらノロノロノロノロ渡ってるし…
結局青信号になって渡った自分が追い越してしまいました。

その後の信号でも車が目前に来ていながら信号無視していたのには驚きました。


あれって一種の”意地”なんですかねぇ…
絶対に左右を見渡さない。
絶対に横断歩道前で一度立ち止まらない。

何かの病気なんですか?


【日記】都会の人は温かい


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東京の人は冷たい」と言いますが、全然そんなことないと思います。
最近都内で経験した温かい話を2つほど。


横断歩道を渡っていたところ、自分のバッグから物がポロリと落ちてしまいました。
すると自転車に乗った男性が「なんか落ちたよ!」と指をさしながら叫んで走り去っていきました。

人によっては当たり前のことなのかもしれませんが、自転車に乗りながら物を落としたことを指摘する心の余裕と優しさはなかなか持てないものだと思います。

ただの通りすがりの関係なのにわざわざ声をかけてくれたことが嬉しくなりました。
しかしすぐに去ってしまったのでお礼が言えなかったのが悔やまれます。


もうひとつ。
suicaをチャージしようと券売機に一万円札を入れたのですが、何故かチャージできない。
「もしかして旧一万円札なのかな?」と思いながら、他の一万円札を試してみてもやっぱりダメ。

すると隣の券売機にいた男性が見かねて、
「その券売機は千円札しか対応してないんだよ」
「こっちの券売機は一万円札が使えるからどうぞ」

と声をかけてくれました。

券売機によって一万円札が使えないものがあるとは知りませんでした。
確かに千円札しかランプが付いていませんでしたが、そういう券売機に初めて遭遇したので予想しなかったです。

そしてそんな自分に声をかけてくれるとは…多くの人は見て見ぬふりをする場面だと思います。


目が合っただけでトラブルになってしまったりするこんなご時世でもまだまだ温かい人の心があるんですね。
しかも人通りの多い都内で、勇気がないとできないことだと思います。

自分は都内の駅で小さな女の子がリボンを落としてしまったのを目撃したにも関わらず、人通りが多かったので拾うのを断念してしまいました…今でも後悔しています。
とても大事なもので、ないと気付いた時に泣いてしまったかもしれない…


人が多いだけトラブルもありますが、優しさもあります。
自分もその心を忘れないようにしたいです。


【日記】スマホでブログを書いてみよう

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生活環境が変わったのでPCでブログを書くのが難しくなってしまいました。
スマホをいじる時間は充分にあるのでスマホで更新していかないと毎日アップするのが難しいと思います。

ただやっぱスマホ操作はあまり好きじゃないし、時間がかかる…

もしかしたらちょっと更新減るかも。

何故生活環境を変えてみたかというと恥ずかしながらこの2年ほどで10キロくらい太ってしまい…
この数ヶ月で着ていた服のサイズを全て改める羽目になってしまいました。

確かに食べ過ぎてはいたけど以前は同じ量を食べていても太らなかったので完全に身体が鈍ったんだなとショックを受けました…食べた分だけ脂肪になってる感じ。

さらに何故か最近誰かと飲む機会が多かったりして…

前はガリガリ過ぎて周りが心配するレベルだったんですけどね。
せめて着ていた服がまた着れるくらいには戻したい。

ブログでダイエット日記もやろうかしら。
まさかこの自分が今頃ダイエットなんて考えるとは夢にも思いませんでした…


知的障害者と対峙した時

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今回はちょっとタブーな問題に触れてみたいと思います。

大人になってから知的障害者と関わることは少なくなりましたが、たまに軽度の人や発達障害者(+軽度知的)と関わることはあります。
話が全く通じないわけじゃないんだけど、独自の世界観を持っていて会話がドッジボールになりがちです。
好きなように話して、全力でボールを返してくるので本気で向き合おうと思うと非常に難しいと思います。

決して差別という目線で語るわけではないんですが、筆者は障害支援に取り組んでいる人を尊敬しているので、そういう人たちを見よう見真似で障害者と接してみようと思いましたが、断念します。

精神障害者(軽~中)や身体障害者は普通にコミュニケーションできますけど、知的が入ってると本当に難しい。
精神でも病気によってはコミュニケーション困難な人はいますけどね。


しかしいくら難しいといっても、そのせいで孤立してしまうのはやっぱり可哀想だと思います。
専門的な現場を見ると、支援員は自分の仕事ばかりに取り組んで障害者とは距離を置こうとしている人もいます。
一方で一人一人に積極的に話しかけて同じ目線で日常会話をできる人がいます。
それは障害者に限らず、高齢者の介護の現場や、教育の現場でも見られます。
もっと言えば動物に関わる現場にも言えることだと思います。

障害者にもクセのある性格の人とかいますし、本当に大変な仕事なのはわかります。
でもプロの視点で動いている人もいるということです。

自分の持つ属性が相手と違っていると、どうしても目を逸し、距離を置きたくなってしまいます。
自分には高度なコミュ力は持ち合わせていないので、現場の意識が高まることを願っていようと思います。