チョコダン2バグ


チョコボの不思議なダンジョン2チョコボの不思議なダンジョン2
(1998/12/23)
PlayStation

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朝晩と通勤時間にプレイしているチョコボの不思議なダンジョン2。
だんだんレアなアイテムも集まってきて当時の夢を果たせるかと思ったら、ネットでは超有名だったらしい致命的バグに引っ掛かってしまいました…

非公式の攻略サイトの方が詳しいけど一応公式見解が出ているので下記参照。
http://support.jp.square-enix.com/faqarticle.php?kid=57008&ret=main&id=1662&la=0&pv=20

>【ツメ、クラの耐久度が0になってしまう】
これ耐久度だけじゃないんですよね…もちろん耐久度もそうで、リペアカードを使用したところ0から25に跳ね上がり、もう一枚リペアカードを使用したら10になりました。
装備したらまた耐久度が17まで上がって、2、3回蹴ったら0になっていました。
ハネ目的で合成を繰り返し、一度蹴っただけでツメが壊れた時もありましたしね。
他のステータスも著しく低くなったり、エキスや実の効果が得られなかったりと、もうめちゃめちゃです。

>【合成したアイテムの名前が、異なるものに変化する】
公式では「消去のタネ」を使用すると起こるとされていますが、自分は一度も使用しないで発生しました。
合成後に、例えば「ブランドのクラ」と「王者のクラ」を合成したとして、合成後に出てくるメッセージが手持ちのアイテムである「十字のツメができた」等と出てきます。
これに関しては合成は成功しており、クラ同士が合成したことにはなっているのですが、メッセージが別のアイテム名として出てくるのでドキッとしますね。
手持ちであればツメだろうとクラだろうとランダムで出てきます。

で、公式には書いてないのですが、上記のバグの発展型で更に致命的なものを発見してしまいました…
例えば「電撃のツメ+5」と「電撃のツメ+1」を合成したとします。前者のツメが基準です。
すると何が出来たかというと「電撃のツメ+1」です…しかも普通合成したツメクラは青色の文字で表示されるのですが、このバグが起こった時は表示文字が白色になるのです。
電撃のツメ+1は未合成だったので元々白色でした。
ということは合成されたことになっていないということです。
もしも懸命に合成した装備がこうなってしまったらと思うと恐怖ですね。


で、スクエニの見解として、これらのバグは直せないし、こうならないように気を付けてくれ、こまめにセーブをとのことですが、ツメクラ問題は長くプレイしていれば必ずなってしまうと思います。
地雷に巻き込まれたものもカウントされてしまうのですから、自分で意識しないままどんどんカウントが増えていくでしょう。
自分もリサイクルボックスやツメクラを敵に投げ付けた記憶はそんなにないのに発生しましたから。
ちなみに考察サイトによると、ツメクラに対してあることを行うとバグが発生するという回数は66回だそうです。
行動それぞれどれかを66回なのか、総合して66回に達するとこうなるのかはわかりませんが、当時からプレイヤーを悩ませたバグのようでした。
やり込みやってる人はそうならないように細心の注意を払ってるらしいですけどね。まぁ本来そこはプレイヤーが気遣う点ではないですけど。

自分は仕方なく装備はなしで敵退治は仲間任せにしてます。
問題はこの状態でオメガのエキスどうするのって話ですが…
これだけやり込んだのにまた最初からバグに怯えながらやり直すのもちょっと…


あとこれは自分の記憶が曖昧でどの辺のシーンかというのは具体的に示せないのですが、ゲームアーカイブス版はいくつかムービーがカットされているような気がするのですが気のせいでしょうか。
オリジナル版のパッケージにもなっている雪山でのチョコボとシロマの別れの場面、クルクルが人形に魂が乗り移る場面の記憶がないんですよね。
もしかしてルート選択とか間違えてる?と思ったんですが、確か別れのムービーは絶対不可避だったような…

クルクルもチョコボとモーグリが旅の途中、眠っている最中に何かがあったムービーがあったような気がするんですが…
実際はシロマの家で元の姿のクルクルから人形に乗り移るムービーになっています。
新たにムービー作ったと思えないし人形になった瞬間はシロマの家なんでしょうけど、旅の途中のクルクルのシーンもあったはずなんです。
その辺りようつべとかのムービー集見ればわかると思うんですが、オリジナルとゲームアーカイブスの比較はまたオリジナル版をやり直さないとよくわかりません。
ゲームアーカイブス版のロゴがパケ絵ではなく、タイトルロゴのみということはやはりそこをカットしているからなのかな。

一番泣けるシーンが削られたのはなんとも残念です。
チョコボが涙ポロポロ流してシロマを追いかけるんですが、何度見ても釣られて泣いてしまいます。
海底ダンジョン潜入のムービー入れるんだったら雪山の方が…

2chで検索したらまだチョコボの不思議なダンジョンスレが残っていて、バグに関して研究している人も未だにいるとのこと。
未発見のバグもあるらしく、木が最高値まで育たないとかいうウワサも…そういえばハネだいぶあげたと思うんだけど最高値までいかないな…

当時から有名なバグで、恐らく問い合わせもあっただろうに、ゲームアーカイブスに移植する際にどうにもならなかったのかなぁ…それか今からでも修正版を配信するとか…
当時の開発スタッフが完全にいないのか、それとも手の施しようのないプログラムなのか。
フロム・ソフトウェアのスタッフも関わっているので(ボムおばさんの家の2階にたまに現れる)、不思議なダンジョンのシステムに手を付けること自体がスクエニとして難しいところがあったのかもしれないですね。
公式としてもそういうバグがあるという前提でプレイして下さいという姿勢だし、どうにもならないんだろうな。

余談ですけど、ワンダースワン版の『チョコボの不思議なダンジョン』ではツメクラを無限にレベルを上げることが出来るというバグになった記憶があります。
初代については当時っきりプレイしていないのでなんとも言えないですが、合成のプログラムってきっとすごく複雑なんですね…


スクエニには鬼のようにクレームがいってるのでしょうが、ゲームの問い合わせは基本的にメールのみみたいですね。
電話窓口もあるんだろうけど、このバグのせいでカスタマー担当が粘着されてたら可哀想だなぁと思います。同じ仕事している身として。
これは15年以上前のゲームで、当時の開発スタッフの行方もわからないだろうということで察してあげて下さい。
今のスクエニはあまり好きではないですが、当時のスクウェアは一番輝いていたのでまぁその補正として。
今の血迷ったスクエニにこの作品以上のクオリティのものは二度と作れないわけですからね…当時の作品が携帯機で遊べるというだけで個人的には充分です。

名作だけにこういう致命的バグがあるのは非常に勿体無いです。
オリジナル版やってた時はこんなんにならなかった気がするんだけどな…
いつかバグを修正したものを配信してくれることを願うばかりです。


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中3女子が飛び降り自殺か

FC2でライブ配信中に中学3年生の少女が自殺したそうです。
自殺以前も様子がおかしかったらしく、2ch?と思われる掲示板やTwitterで意味不明な発言を繰り返し、自殺をほのめかしていました。

動画ではなく、誰かがgifにした動画ではどのような映像か見ましたが、携帯を持ったまま落下して少女の姿は全く見えていなかったので、当初は携帯だけ落としたんじゃないかと言われていました。
ところが翌日近所の住民によって発見され、死亡、FC2配信していた少女と同一ということが確定しました。
まとめサイトなどでは当時の状況がキャプチャされていますが、これが特別誰かが煽ったからとかが原因じゃないみたいなんですよね。
一部煽っていた人間はいましたが、ほとんどコメントは少女の行動を制止するものであり、どちらにしてもこの結果になったのではないかと…

まとめサイトとかは良くないと思ったので、事件の詳細だけ貼っておきます。
滋賀・近江八幡市 中3女子が飛び降り自殺か ― スポニチ Sponichi Annex 社会 http://www.sponichi.co.jp/society/news/2013/11/24/kiji/K20131124007075020.html


で、どうやらこの少女は成績優秀で、受験について悩んでいるようでした。
それだけならよくある話ですが、家庭や学校生活にも問題があったようです。
まだ残っているTwitterを読むと、家族というものに対する執着、誰かに対する怒りをぶちまけたツイートが多く見られました。

そしてTwitterアイコンに使用していたミンキーモモ。
これは可愛らしい見た目とは裏腹にいわくつきの作品で、このアニメの最終回では必ず地震が発生しているという都市伝説は聞いたことがある人は多いと思います。
問題はこの都市伝説より、この作品の主人公。
自分はこの作品を観ていないので詳しい内容はわかりませんが、最終回で交通事故に遭って死んで転生してハッピーエンドという話らしいんです。
それもまた「家族」というキーワードが密接に関係しているのですが…

しかもこの作品は80年代~90年初頭にかけて放映されたものであり、本件で亡くなった少女はまだ生まれていない時代の作品なんですよね。
今はネットがあるし、どこかでこの作品を知って視聴したと思われるのですが、あえて最近の作品ではなく、ミンキーモモと自分自身を重ね合わせているところを見るとこれまたこの手の子供にありがちな発想であると分析出来ます。
所謂典型的なインテリオタクというよりは“いい子”だったろうという言い方をしておきましょう。


中学3年生の今の時期。
受験で失敗したらという不安と、高校に入学してから適応出来るかどうかの不安、両方抱えていたそうです。
それに加えて家族の問題。

それから今から書くことは確定情報ではないので鵜呑みにしないでほしいんですが、この少女と同じ学校だったと思われる生徒のTwitterにこの件に関してつぶやいており、成績はトップクラスで2位の奴は喜ぶだろうとか、全校集会とか嫌だなとか、そんなことを書いてあっという間に炎上して今は鍵をかけたそうです。
また家庭も裕福で親の年収は1500万とかなんとか。
この辺りの情報は釣り臭いですが、家庭内に問題があったことは間違いないと思います。


不思議な点がもうひとつあって、掲示板に長文で書かれた意味不明な文章なんですが、これは誰もが通る中二病の症状ではなく、まるで薬かアルコールでも飲んだようなテンションなんですよね。
精神病院には通っていたのかどうか、それだけが気になります。
もし抗鬱剤などの副作用だとしたらまた現代の精神医療について叩かなきゃいけなくなるので。


ただでさえ受験や就職が放つプレッシャーが昔よりも増しているに加えて家庭内での寂しさ。
これについて良識ある大人なら少女を叩く言葉はひとつも思い付かないと思うのですが、いるんだよなぁ…死体に鞭打つ馬鹿な大人が。

「今の子供は弱い。社会に出たらこんなもんじゃない(30代)」
「真性かまってちゃん。ただのメンヘラ女(20代)」
「子供に携帯を持たせるからこうなる。」←これはまぁ半分同意

かまってちゃんって…誰かが構う間もなく死んどるがな。

かまってちゃんとガチの境界線を見分けるのは難しいけど、所謂かまってちゃんと言われる人々が悪い方向へ向かいつつある、そういう因子を持っているのは間違いないですよね。
しかもそれに対して我々第三者がどうにか出来る問題ではないというのも、ひとつの問題。
先日のブギーマンの話じゃないけど、壁になっているものと立ち向かうことが出来るか、自分自身がブギーマンに取り込まれてしまうか、どちらかなんだよなぁ。


自分にもこういう時代があったし、むしろ今も恥ずかしながらそういうところがあるんですけど、もしスイッチになるようなことがあったら自分もいつ同じ結果になるかわかりませんわ。
それは人によって振り幅は違うとは思いますが感情がある以上は誰にでも起こりうる話ということを忘れてはいけません。
自殺だけではありません。あらゆる罪を犯す可能性が誰にでもあるということを言っているのです。
受験や就職に悩む若者だけの話じゃなくて、上から目線でゆとり世代、あるいはその下の世代をふんぞり返って見下してるそこのあなたも、いつどうなるかわからないんです。

少女はミンキーモモのように生まれ変わって、今とは違う幸せの家庭に生まれることを願いながら亡くなりました。
決して自分の頭が優秀だということは誇らなかったと思います。欲しかったのは普通の家族。
死後の世界のことは誰にもわかりませんが、自殺する者全てが死に救いを求めます。それが唯一の逃げ道といってもいいでしょう。

それは誰にも批判出来ません。
叩かれても構いません。自殺もひとつの生きる道だと思ってます。



もしも神様がいるのなら、どうか次の人生では温かい家族を与えてあげて下さい。
ご冥福をお祈りします。


【映画】ブギーマン【ネタバレ】

久々にホラー映画話でも。

2005年~2008年にかけて発表された『ブギーマン』シリーズ3作品を視聴しました。
1980年代以降に何作も同名の映画がいろいろな監督によって作られていますが、この頃のはまだ1作品も観ていません。
今回は映画の感想も交えつつ、ブギーマンの存在も考えていきましょう。

ブギーマン

この言葉を聞いて皆さんはまずどんなものを思い浮かべるでしょうか。
日本人ならば聞いたことがない、聞いたことがあってもよく知らないという人がほとんどではないかと思います。
ナイトメア・ビフォア・クリスマス』の敵役に同名のキャラがいましたよね。
ズタ袋のお化けで中には虫がウジャウジャ詰まってる。

劇中でも語られますが、ブギーマンは世界中で目撃と被害報告が上がっていて、呼び名も実に様々なものがあるようです。
日本人でもわかりやすい例えをすると、子供の頃夜眠る時に怖くて眠れなかった、トイレに行けなかった、お風呂が怖かった、そんな体験はないでしょうか。

いつもの部屋がどうも違う。
何かのお土産で買った人形。
ハンガーにかけてあるコート。
襖の隙間。

自分は服を収納した透明なケースが人の顔に見えてきたり、天井のシミが怖かったりといった経験があります。
大人になってからはそんなことは気にしなくなりましたが、未だに電気を消して眠れないという子供の頃からの習慣が残ってしまいました。



これは『ブギーマン』(2005)でうまく表現されています。
お父さんが怖い話をしたばっかりに夜眠れなくなってしまった主人公はベッドの側の人の置物、天井からぶら下げている鳥の模型、コートかけに異様な恐怖を感じ、それぞれを見えない場所に移動します。
そこへ父親がやってきて、「ブギーマンなんていないんだよ」と主人公を安心させるためにクローゼットの中に入ったまま帰らぬ人となりました。
そのショックで別の場所で子供時代を過ごし、改めてあの日の家に帰りブギーマンと対峙することになります。
ネタバレですが、先述した恐怖を感じたオブジェクトを破壊したことによってブギーマンはダメージを受けました。
これは自分の中にあった恐怖を断ち切ったため、恐怖で構成されているブギーマンにとってはダメージとなるのです。
主人公と戦ったブギーマンは主人公が生み出したものなのですから。

酷評しかないこの作品ですが、ブギーマンの基本を知るには良い作品だと思います。
子供の頃に体験した何故だか怖いと思ったことがブギーマンを呼んでしまいました。
これまた日本では馴染みのない話ですが、このブギーマンへの恐れは自らを狂わせ殺人さえ犯す恐れのある人間に変えてしまいます。
また、元々狂った人間が殺人の言い訳に「ブギーマンがやった」という供述をする、あるいは二重人格に近い状態になり、知らず知らずのうちに殺人を犯してしまい「ブギーマンがやった」という場合もあるでしょう。どちらにしても精神障害者に違いはありません。



それを具体的に描いたのが『ブギーマン2/憑依』です。
邦題の「憑依」というのはなんでつけたのか全く理解出来ないですが、まぁ置いておいて。
この作品の舞台は精神病院。
登場人物の患者は皆それぞれ恐怖症を持っています。
拒食症、潔癖症、リスカ中毒、広場恐怖症、そしてブギーマン恐怖症。
その中に幼い頃ブギーマンに両親を目の前で惨殺された兄妹。
兄は退院しますが、残った妹の周りで患者がどんどん殺されていきます。
全員それぞれ恐怖の対象を利用した殺され方をするのですが、広場恐怖症の「心を開く(物理)」はちょっとワロタ。
リスカのやつはウマバエかな…

最後に残った妹とブギーマンが対峙しますが、なんとマスクをとったブギーマンの正体は兄…両親を殺したのも…?
結局兄はうまいこと逃げて、ブギーマン恐怖症である妹がタイーホ…

これは犯人=ブギーマンは完全に人間です。
1ではそこんとこ具体的に描いていませんが、1は本物の怪物の可能性が高いです。
個人的には主人公=ブギーマンじゃないかなという説も疑ってますが。




で、3作目の『ブギーマン3』(2008)は大学寮が舞台ですが、これはブギーマンを考察するにはちょっと浅すぎるかな。
単純にスプラッタ映画です。
ブギーマンは一応人外ですが、主人公が殺った可能性もなきにしにもあらず。
教授との会話は少し面白いですね。
伝説の存在を信じてしまうことで、現実の存在にしてしまうということ。
この理屈でいくと幽霊や妖精もその部類に入るでしょうね。




さて、ブギーマン伝説をはじめこれらの作品を観ていて思い出すのがゲーム『サイレントヒル』。
むしろこれらの作品はサイレントヒルを参考にしたのではないかと思います…時代的にも。
このゲームは本当に様々な映画を参考に作られているので元ネタを挙げたらキリがないのですが、特筆すべきは「レッドピラミッドシング」。
あるいは「三角頭」と言えばゲームは未プレイでも聞いたことがある人はいるでしょう。

この怪物の正体は主人公が生み出した罪悪や畏怖が具現化したもの。
シリーズによって立場は異なりますが、自分だけに見えている、人によって姿が違う、全員が同じように見えている、といったように目的は異なりますが人々の前に現れます。
開発が海外へ移ってから名前がレッドピラミッドシングからブギーマンに変更されています。
確かに外人からしてみたら初見でレッドピラミッドシングみたらブギーマンを連想するかもしれませんね。
自分は全く連想しなかったので、完全に文化の違いですな。



つまりブギーマンとは想像上の存在であることには間違いないが、人の信じようによっては見えたり聞こえたり実体化する。あるいは自分自身がブギーマンとなる。
自分自身が狂人になってしまう状態を「(ブギーマンの)憑依」と表したんでしょうね。ただこれを直球の意味で受け取ってしまう人がいると思うのでこれは必要ないと思います…

そして、ブギーマン対策。

1.ブギーマンを追い払えるのは自分だけ
2.ブギーマン(恐怖の対象)としっかり向き合うこと
3.ブギーマンを信じないこと
4.ブギーマンはあなた自身



今回駆け足で紹介した3作の中ではブギーマン2が誰が観てもわかりやすいと思うし、一番面白かったのでオススメします。
1はわかる人はわかると思うんですけど、異文化への理解力や予備知識がないとチンプンカンプンだと思うのであまりオススメできません。
3はさっき書いたようにほとんどスプラッタ。

こういうタイプのB級なら腰据えて見れるなぁ…その日の夜案の定悪夢見ましたけどw


ポケットモンスター オリジン

特別番組として放送された『ポケットモンスターオリジン』を今更ながら見ました。
恥ずかしながら少し涙腺が緩んでしまいました。

この作品はポケットモンスター赤・緑をリアルタイムでプレイしていた子供達(今は二十歳超え)を対象に制作され、全4話で構成されています。
もちろん今の子供達も楽しめます。
初代の物語を最初から最後までを描いています。

普段毎週放送されているアニメポケットモンスター(以下アニポケと略)は全く観ないんです。
ポケモンは廃人一歩手前かって程プレイするのですが、アニポケは思春期で卒業。
ポリゴンの回と、再開され、ピカチュウが森に帰る話はリアルタイムで観ていましたが、それ以降の記憶はあまりありません。


で、このオリジンの作りはアニポケとは全く違う作りになっていて、思わずそのこだわりに驚きを隠せませんでした。
まず主人公やライバル、オーキド博士やその他人物全員がすごくシンプルなデザインになっています。
今のアニポケはサトシや他の登場人物は個性が強く、感情豊かに表現されていますが、オリジンでは登場人物全てがフラットです。

人だけではありません。
ポケモンもデザインがフラットな感じという表現が的確かどうかわかりませんが、アニポケのような泣いたり笑ったり感情豊かな生き物というより、実在する動物のような生き物といった感じです。
そして一番に感動したのが…これはもう数十年来の希望をついに叶えてくれたんですけど、ポケモンの鳴き声!
アニポケではピカチュウなら「ピカピカ」と、フシギダネなら「ダネダネ」と、その他無理があるポケモンも名前にちなんだ鳴き方が設定されています。
小学生当時初めてアニポケ第一話をリアルタイムで観た時はこれが一番ショックだったんです。
このやり方は子供向けとしてのやり方だったのでしょうけど、自分がポケモンに対して持っていたイメージが音を立てて崩れました。
それでも受け入れて観てましたけど。
子供ながら「カゲー!」「ゼニーガメガメガ!!」なんて聞いていて寒いというか、聞いてるこっちが恥ずかしいというかそんな感じでした(笑)

このオリジンではポケモンは一切そのような鳴き方ではなく、獣が唸ったり吠えたりするような表現しかしていません。
オリジンはアニポケどころか、ポケモンそのものがブームになる以前の状態をイメージして作られているようでした。
ポケモンが非常に“動物的”に描かれていて、アニメのポケモンに求めていたのはこれだと、ようやくわかりました。
ピカチュウなんかも流行る前でしたからポケモンのイメージっていうと無表情で野生的な感じだったんですよね。

これは本当に作ったスタッフ全員に拍手喝采というか、初代を経験した若い人達の意見もしっかり取り入れつつ丁寧に作られた作品だと思いました。


第一話では初めてのポケモンと、ジムリーダータケシとの戦い。
第二話では飛んでシオンタウンでのフジ老人との出会い。ポケモンタワーの戦い。
第三話ではまた飛んで、最後のジムリーダーサカキ戦。
第四話では四天王・チャンピオンとの戦いとミュウツーとの戦い。


どれも当時プレイしたユーザーにとっては印象的な場面を映像化しています。
さすがに2時間では収まりきらないので、細かいイベントやタケシとサカキ以外のジムリーダー戦、四天王・チャンピオンはほとんどダイジェスト。
これは仕方ないかと(笑)

そして基本的には赤バージョンと想定しての作品で、主人公の名前はレッド、最初のポケモンもヒトカゲとなっています。
これも細かいのはヒトカゲでは最初のタケシで相性悪くやられたりするところも初代からやってる者としてはあるあるネタ。
自分も一番最初のプレイではヒトカゲを選んでリザードにしたところで諦め、何故かピジョットが殿堂入りまで大活躍するという事態になってましたw

劇中では相性の話がかなり入るのですが、初代ポケモンは多少相性が悪くてもレベルが高ければゴリ押しで殿堂入り出来てしまうという仕様です。
最近の作品だと序盤でかなり相性に関するチュートリアルが入るのですが、当時は物理だろうが特殊だろうが関係なく強い技を打ちまくっていれば、たった一匹で殿堂入り出来たんです。
今じゃ20~30レベルが離れてても上手く技を使われたらレベル100でも簡単に落ちますからね…
その辺りもこの作品で描かれてましたよね、ヒトカゲだけでゴリ押そうとする主人公。

他にも、トレーナーのポケモンにモンスターボールを投げつけたり、レッドに言わせてましたが「かがくのちからってすげー」というセリフを入れたり、シオンタウンのエピソード、ポケセンのお姉さんの事務的・無機質な感じなどはとても忠実で感動。
あやふやになっていた本物の幽霊とゴーストタイプのポケモンをしっかり線引きしていましたし、ガラガラの謎も解けましたし…
それからロケット団の悪事やポケモン同士の戦いが実にリアルというかエグいというか、そこにも感動したんですよね。
ゼニガメがヒトカゲに噛み付くシーン等は、ああこれぞ本来の姿だろうと。
ああいった場面は開発スタッフよりも当時プレイしていた人しかわからない感覚だと思うんですけど、かなり20代の意見を取り入れてるのかな。


で、最終話、四天王さえダイジェストにしてしまい、チャンピオン戦も5分程度で終わらせ、あとの尺はなんだったかというとミュウツーとの対峙。
これも予想していましたが、アニポケでイメージ付けられたミュウツーのイメージを元に戻すものとなりました。
何度も自己再生され捕まらないわ、ミュウツー自体も強いわであれをよくアニメで再現したものだと。

ただこのシーンでひとつだけ初代とは違う設定を入れました。
なんとメガ進化です。
XYの発売に合わせて作られたアニメなのでフジ老人がカロス地方の研究にも関わっていたという理由でメガストーンを入手し、メガリングはありませんがリザードンのメガ進化Xによってミュウツーに大打撃を与え、捕獲に成功するのでした。
このシーンについてはステマという声もありますが、初代をプレイした人達にもう一度ポケモンに触れてほしいというのはファンとしてもありますね。
もうポケモンというのは親子ニ世代に渡って楽しむコンテンツとなりました。

あ、ちなみにこの作品では一切「ゲット」という単語を使わず、終始「捕獲」という言葉を使用しています。
これはアニポケのサトシと分けるためでしょう。

そしてレッドは無事に全150匹のポケモンを集め、めでたしめでたし…という中、フジ老人の日記を思い出し、あれ?もう一匹忘れてない?(レイモンド風)と窓の外でミュウが登場するところでEND。
はい、当時はフジ老人の日記でミュウという存在は想像することしかできませんでした。
おそらくいるんだろうとは思いながら過ごしていたところ、「けつばん」だの「アネデパミ」だのバグで出てきて、本来登場させる予定ではなかったミュウをイベントで配るという異例の事態になったんですよね。




そんな感じで、懐かしさと忠実な演出と、懐かしいBGMで思わず涙がこぼれてしまいました。
当時初代をプレイしなかった子供とか、最近のシリーズから始めた人は???になる場面も多いと思います。
もし親子なら子供に当時のことを教えてあげてほしいし、今子供だという人は懐古厨などと言わずに昔の作品に触れてほしい。

余談だけど、この作品の絵が「渋い」って声があったのはなんか笑いましたね。
特にチャンピオン戦のリザードンとカメックスなんかはもう大人向けバトル物の演出と出で立ちでした。
ああいう方向性で10~20年後くらいに“渋い”感じでポケモンアニメやってくれたら胸熱だなぁ…硬派な感じは嫌われるかもですがw


擬人化のお約束

現在ゲームアーカイブスで購入した『チョコボの不思議なダンジョン2』をプレイしています。
これは発売当時にもかなりやり込んでいて、いろいろ合成したり、ダンジョンを繰り返し遊んだり、モンスター図鑑埋めたりして、コンプリートは出来なかったと思いますが、一時期は本当にすごいやってましたね。

先日このゲームについて、FFらしさが残ったソフトとして書いたと思うんですが、その後続編の時忘れの迷宮を調べたら人キャラがすごく多いんですね。
まぁ旧作にもシロマやシドがいますけど、正直それすら当時受け入れるのに少し時間がかかりました。
チョコボの不思議なダンジョンというのは感情豊かなモンスター達が人の言葉を喋って、中には“良いモンスター”もいて、森の中に村があって、種族があって、対立や仲間同士の交流があるっていうまさに“ファンタジー”の世界があったわけです。

チョコボに限らないんですが、人外の生き物が感情を持ってコミュニケーションする物語というのはある種のお約束みたいなのがあって、人間がしゃしゃり出てきてはいけないんですよ。
日本でもポケモンなんかが代表的で、ポケモン間では言葉が通じ合うけど人間にはそれが単なる鳴き声にしか聞こえない。
ディズニー映画、ピクサー映画など、動物が主人公になる場合はそうですよね。
ある程度コミュニケーションは成立しても大きな種族の壁があるというのも暗黙のルール。
モンスターから一線置かれているシロマやシドはその辺のお約束があったから受け入れられたのだと思う。

で、ちょっと脱線するけど、人外生物がより人間に近い場合でキャラクター化されている場合。
所謂“擬人化”ってやつですけど、これが最近悩みの種でもあります。
そしてそして、それが過ぎて“ケモナー”というのがひとつの好みを持つ人達、あるいは性癖として確立しました。
これは海外でも盛んです。


完全に好みの問題なので自分がどうこう口出しするべきことではないのですが、自分の好みでいうと擬人化は擬人化のお約束に沿ったものしか認めたくないです。
なのでBLと同じく、公道を堂々を歩くべき好みではないと思っています。
何故こんなことを言うかというと、今大好きなポケモンをやっていて、簡単に擬人化&ケモナー向け認定してしまう流れ、広告でも堂々と擬人化同士のSEXを見せつけられます。
全然関係ないけど、腐女子はテレビでBLの話をするとすごく怒る癖に、ネット上に蔓延っているBL広告について、広告会社に苦情出したりしてるのかね。
腐女子は仲間内の自浄作用があると見せかけようとする習性があります。本当は全く自制しよう等とは思っていないくせに。


しかし難しい問題です。
『ミュータントタートルズ』。これはより人間に近い擬人化ですが、ルールの範疇にはあると思います。
一方でケモナー作品にもより近いとも思います。

ポケモンは公式には何も言われていないですが、様々な作品を見る限り、擬人化のお約束を忠実に守っています。
DPで人型が増えた時は冷や汗をかきましたが、やはり動向を見ていると、人間との間に絶対的な壁を建てています。
二次創作ではケモナーの波がすごいですが、開発スタッフの中に確固たる信念があるので、余程のことがない限りは今後の作品に影響はないと思われます。

ドラクエ等の鳥山明作品に出てくる人外。
例えば皮膚は真っ赤で角が生えただけであとは人間そのものの種族。
元々人語を喋る設定で、人間との生活に溶け込んでいる設定の場合。
これはセーフ。

しかしFF10のキマリがユウナを犯すようなシチュエーションはアウト…
あの世界ならハーフがいても不思議ではないですが、公式がそれを演出していない限りは約束破り。

よくあるエロアニメの触手、オーク等の異種族が人間を犯すはセーフ。
元々エロという前提がある場合はどんな性癖だろうとユーザーには口出しする権利は無いと思っている。
それが公の目に止まることがアウト。


あとこれは個人の好みなんでしょうが、ミュータントタートルズはOKだけど、『名探偵ホームズ』や『かいけつゾロリ』は何故かアレルギーがあります。
自分だけかもしれませんが、あれらには何かケモナーしか寄せ付けないオーラが見えます。
ミッキーマウスのアニメとそう変わらないじゃないかと言われそうですが、何かが違う。
『名探偵ホームズ』を挙げるなら同じ犬擬人化の『天国から来たワンちゃん』がありますが、これは元々ディズニー寄りなのでジャンルとしては全く別物という気がします。

自分でもすごく意外に思うのですが手塚治虫作品の動物擬人化も何か苦手なんですよね。
『ジャングル大帝』は子供の頃から受け付けないので生来の気質でしょう。
あれはちゃんとルールの範疇にあると思いますが。
単に日本製擬人化がダメなだけかなぁ。
さすがに『アンパンマン』『ゲゲゲの鬼太郎』等は平気ですけどw



方向性は変わって、無機物の擬人化の場合。
最近は艦これだの、ガンダム(MS少女)だのとありますが、(ストパンもそうなのかな?)あれらには今のところ物語性というか、世界観というか、そうしたものに当てはまっていません。
キャラクター性だけで成り立っているデザインなのであれらも基本的には問題ないですが、メカ好きの自分から言わせると頭が痛い。
武器や兵器、ロボットというのは元々の設定が実に繊細で、硬派なマニアやオタクが多く集っています。
艦これを見ていると意外と艦船好きは心が広い人が多いのかと実感させられましたが、自分はガルパンすら許せない程硬派なので擬人化は絶対に有り得ないです。
まずああいった架空のロボット含めた兵器類を擬人化あるいは特に女体化すること自体タブー領域。
女性が搭乗すること自体は問題ないです。

ただし!
人間とロボットが交流する作品はたくさんありますね。
アトムのように人型+αのロボット、高度の知識を持って人と会話ができるロボット、またそこにもお約束があるのですが、その辺りは基本的に名作とされるロボットアニメ、外国の映画等でこれはアウトと思った作品はないので明確には書きません。
ちなみに『ウォーリー』は大変感動しました。


という具合で、許せる擬人化と許せない擬人化がキッパリ分かれます。
その点旧スクウェアはファイナルファンタジーシリーズを始め、ありとあらゆる作品において“ファンタジー”のお約束を忠実に守っていて実に見事でした。
今はもう見る影も無いですけど。
スクエニになってからは、キャラクターは登場人物ではなく、ただのデザイン・商材に成り下がりましたから、チョコボやモーグリはもうファンタジーの世界にはいないんですね…

蛇足ですが、最近観たディズニー映画『ボルト』は実に典型的な擬人化のお約束作品。
・人間と言葉は通じない
・動物同士では種族関係なく言葉が通じる
・感情豊かだが、人間のそれとは少し違う

そういうことで言うと『カーズ』もセーフです。
少しあのノリは苦手ですが、そもそもあの世界に人間いませんしね…


そんなこんなでまとまり悪いですがこの辺で。


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