【映画】タクシードライバー【ネタバレ】

最近はディズニーアニメの『フィニアスとファーブ』にハマった。
知名度は低く日本ではネット配信とDVDのみですが、『サウスパーク』『シンプソンズ』を意識したようなテンポの良さ。
マーベルヒーローとコラボした回だけでもいいので一見の価値あり。

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子供向けと見せかけて映画のオマージュバンバン入れてるし、ブラックジョークも少々なので大人でも楽しめる。



久々に映画。
タクシードライバー

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今更感想を言うまでもないでしょうけど、初見で鑑賞したのでちょこっとレビュー。
まず冒頭から主人公トラヴィスが”ベトナム帰還兵”で元海兵隊員ということを理解しなくてはその後の感想が違ったものになってしまいます。

それも含めて現代とも照らし合わせることの出来るこの作品。


トラヴィスはベトナム帰りで仕事探しをしていたところ、ふとタクシードライバーの仕事を見つける。
夕方6時から朝の6時まで12時間、時には一週間ぶっ続けで働くこともある。
仕事が終わっても眠れずにニューヨークの街をぶらついていたところ、一人の女性に恋をする。
最初のうちは上手くいっていたものの、デートとしてポルノ映画館へ連れて行ったものだから女性はカンカンに怒ってフラレてしまう。

この汚い腐敗仕切った世の中に嫌気が差していたことも重なってトラヴィスの心に変化が訪れる。
若い売春婦に説教をして、武器を手に入れ己を鍛え直し、強盗もやっつける。やがてその正義の気持ちは大統領へと向けられるが失敗に終わる。
後に売春宿を訪れボディーガードらを銃殺して重傷を負って瀕死状態に陥る。
トラヴィスは快方に向かい、一躍正義のヒーローとして紙面を飾ることに。



70年代から世の中はまるで変わっていないのだと痛感しました。
都会の雑踏で見えてくるのは汚い、臭いものだらけでまさに水洗トイレのように一度水で洗い流したくなります。
そんな中で忙しなく働き、苛立ちの時間だけをひたすら消費していくと現れるのは正義の心なのである。
犯罪者にしても政治家にしても赤の他人にしても何か自分の力で制裁を加えたくなる。
その結果正義は狂気に変わり、最後に望むのは”死”。

トラヴィスは劇中で先輩のタクシードライバーに相談しに行く。
すると「もっと自分らしく生きろ」とアドバイスされます。
まさに今回この映画を観て一番言いたいことはどれだけこの事に気付いて人生を送れるかという話。

現代人は戦争の傷さえ負っていないものの、日々の仕事や家庭に縛られ、世の中に苛ついているだろうか。
いつの間にか自分の在処を失って、反社会的な事を考え出したりしてそれが犯罪や精神病、自殺へと繋がる。
どんな窮地にいる人にもこれだけは言えること、たった一歩踏み出せば苦しみから解放されるのです。

もちろん社会人としての責任感を持つことは大事なことだし、家庭を持つ人は生活を維持する責任はあると思います。
しかし無理なものは無理と言っていいんです。それが出来ないなら知らない土地へ逃げ出したっていい。
反社会的な人間や精神病を患うよりはずっとマシな人生になります。
この事を受け入れるには物凄い勇気が必要だし、一生受け入れられない人もいます。

トラヴィスのように痛い目に遭って初めて自分の人生について気が付くことがある場合もあります。



まぁトラヴィスが女性を映画に誘ってポルノ映画館に連れて行くのは解せなかったですが(笑)
女性とSEXしたいのではなく、純粋にいつもの映画館へフラッと行く感覚のように見えました。

後半タクシードライバーとして働いている姿はほとんどなくて、一気に生真面目だった彼が狂気に変貌していく様子が描かれています。
大統領暗殺までは前半から予想はできるものの、その過程がとてもリアルで特に日記の変遷とか手紙の内容とか、ある意味一番ゾワッとする場面です。


これは90年代後半から2000年以降に生まれたこれからの若い人にもオススメしたい映画でした。


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【自殺失敗談】カフェイン編

別にシリーズ化するつもりもないですけど、ここ最近で一番懲りた自殺方法を自分への戒めと、これからやろうと考えている人へ書き記します。

身近に存在する「カフェイン」。
コーヒーやお茶、紅茶、最近ではエナジードリンクの競争が激化してますね。
海外ではエナジードリンクを4本だか2本だか飲んで亡くなった少女が話題になりました。

首吊りや硫化水素など、実行力のない自分…そうだ!服毒自殺なら一気に敷居が下がるぞ!
しかし海外と日本ではカフェインの含有量が違い過ぎて効率が悪すぎる。
ググってみたらコーヒーなら75杯だって。
缶コーヒーひとつでもオエッ!となるほどなのにどうしたもんかなと一考。


体重によって大きく異なりますが、カフェインの致死量は大体5g~10g。
コーヒー一杯のカフェイン含有量はこれも種類に異なりますが、大体50mg。
コーラ一缶なら34mg。
常識的な量で飲んでいたらとてつもなく死には程遠いですね。

そこでたまたま見つけた輸入物の「カフェイン錠剤(サプリメント)」。
一錠なんと200mgが100錠ほど入って千円とちょっと。迷わず2つ購入。




購入から蓋も開けずに数週間自宅と職場に置いておきました。
実際これだけでも「いつでも死ねる」という一種の安定剤になっていたのでした。
ある日、「もう死んでやる!!」というところまで追い詰められて、軽い気持ちでカフェイン錠剤を貪り飲みまくりました。
詳しい量は覚えていませんが、致死量に近い数値まではいっていたはずです。
しかし致死量には到達していなかった。

ここがポイントで、短時間(1時間~3時間くらい)の間にどのくらい摂取したかが死の別れ道になります。

それが午前10時台

午前11時
さらに嫌なことがあり、追いカフェイン。
身体に異常なし。

正午
自分では気付いてなかったかもしれないが、何かそわそわして落ち着かない。
それがカフェインの効果とは全く思わず。

午後1時
手が震え始め、上司に「震えてるけど大丈夫?」と聞かれる。
まだ心因性のものだと思い込んでいて「いやぁ、ずっと止まらなくて…」と腕を隠す。

午後2時
吐き気もなく嘔吐発動。
慌ててトイレに駆け込みゲロゲロ。
なんと水色の液体…それ見てさらにゲロゲロ。

午後3時
ずーっとトイレとデスクの往復。
洋式便器に座る姿勢自体が嘔吐を招き、トイレの個室に座り込む。
そのうちに視界も霞んでくる。デスクに突っ伏す。
音や光さえ嘔吐を誘う。トイレに篭もる。

午後4時
さすがに上司に心配されて蚊の鳴くような声で「お先に失礼します…」と逃げるように職場を後にする。
さて、これからどう帰る?
職場から逃げたくて仕方なかったが、無事に帰れるかどうかの方が正直心配だった。
家まで高速バスで1時間半飛ばせば早いが、途中でゲロったら困るので、どんぶら電車で帰ることを選択。
ラッシュ前だし、吐きそうになったら途中下車すればいい。完璧だ。

午後5時
一駅一駅をこれだけ長く感じたのは初めてだ。
やはりラッシュ前で空いていて腰深く座って目を閉じ、吐き気を抑える。
乗り換え後はラッシュに遭遇し、近くにいた腋臭の人の匂いで吐きそうになる。
周りの女性はタオルで口を押さえていた。自分も簡易マスクで必死に押さえる。吸ったらおしまいだ。

午後6時
帰宅。
シャワーを浴びて横になる。
この後の悪夢など全く想像せず。

午後7時
とにかく横になっていれば治るだろう。
職場から出てきて以来吐いていなかったのでたかをくくっていた。

午後8時
ダルいレベルで立ち上がり、ウサギの世話をしてまた横に。
いつもお遊びタイムは大はしゃぎするのにウサギが空気読んで端っこで耳を倒して横目でこちらを伺っている。
なんだか今日は疲れ方が変?

午後9時
嘔吐再開。
まだ水色の液体を吐きまくる。
ここでようやく日中に大量のカフェインを飲んだことを思い出す。

午後10時
嘔吐止まらず。
気の済むまで吐けばいい。
明日になったら治るよ!なんて呑気なことを考えていた時間が懐かしくなることも想像せず。

午後11時
眠れない。あれだけのカフェインを飲んだんだから当然…
パソコンの光が妙に眩しく、明度を最低まで落としても眩しいのでとにかく気を散らすより横になることを優先。

午前0時
さすがに焦ってくる、というかこれはカフェインがもたらした焦燥感であった。
足が痺れてくる。
もうこの頃には仕事への不安感、恐怖感に締め付けられていたと思う。

午前1時
「嘔吐するということは悪いものを出している」と信じ、食欲ゼロの中、ありったけのウィダーインゼリーを身体に流し込み、水色の液体を除去しようと試みる。
しかしもうこの頃には全身に「毒」が行き渡っていた。
心臓のバクバクが始まったのもこの辺りからだったかな。

午前2時
朝が来るのを極度に恐れ、部屋の時計を塞ぐ。
吐いて、出して、吐いて、出して…最初は胃液で喉や歯が荒れまくっていたが、もう吐瀉物に胃液は出てこなかった。
「死ぬかもしれないのに…なんで食べてんだろ…?」
足の痺れは消え、上半身にシフト。手と頭が痺れてくる。
カフェインが「神経毒」だったということを思い出す。
カラスが鳴いて追い打ちをかけられる。

午前3時
部屋を出てひたすらキッチンと風呂場を往復していた。
もう発狂寸前だった。
たまに部屋に戻って横になってみるを繰り返すが脳のグルグルに耐え切れずにワンルームをウロウロする。
部屋の機械を全部切って音を消してみたが、外の音に対して余計に敏感になるだけだったので、エアコンと空気清浄機、パソコン、扇風機を慌てて付け直す。
小学生振りに「一人しりとり」をして「また”い”から始まる言葉かー」なんてとにかく不安になるようなことは考えないようにしていた。

午前4時
空が明るくなる前に窓を閉め切り、布で光を塞いだ。このまま朝を迎えたらドラキュラみたいに蒸発してしまうと思った。
キッチンに座り込み体育座りでずっと「今日は土曜日今日は土曜日今日は土曜日今日は土曜日今日は土曜日今日は土曜日…」と自己暗示をかけるもカフェインのもたらす恐怖に打ち勝つことが出来ず。
もうとにかく後悔した。「こんなことは二度とやりませんから誰か助けて…」
誰でもいいから話相手が欲しくなった。でもこんな時間に起きている人間などいない。そもそも友人などいなかった。
親は絶対に巻き込みたくないと思った。

午前5時
身体中からカフェインの匂いが漂う。
ひたすら嘔吐や排泄を繰り返せばいいと思っていたが、発汗や涙、鼻水からもカフェインが出ていることに気付く。
しかし部屋に戻れば朝日が襲い掛かってくる。
身体は受け付けなかったが、毒素を誤飲してしまった時に有効とされる牛乳を胃に押し込んだ。吐瀉物の色が水色から緑色に変わった。
まだカフェインが胃に残っているのかと絶望する。恐らく普段から栄養も摂らず、運動もしないので代謝が悪いのだろう。

午前6時
今は朝だと認めて目を閉じて素早く部屋の布団に潜り込む。
隣人が起き出したのでマンション住人の誰かに助けを求めることを考えたら少しだけ落ち着いた。それでも動悸と息苦しさは止まらない。
一定のリズムで深く呼吸するようにして発汗効果を期待した。
布団がカフェイン臭になってくると「よし、この調子だ」と自分を励ます。

午前7時
一向に症状は治まらない。
また部屋とキッチンの往復が始まる。
もう嘔吐の効果は諦めた。
ウィキペディアにベンゾジアゼピン系が対症療法に使用されると書いてあったような気がしたのでエチゾラムを一錠服用して横になってみるが効果なし。
「これ眠ったら二度と起きないんだろうな」という考えが確信的なレベルだった。
久しぶりに時計を見たらいつもの通勤電車が来ている時間だった。

午前8時
相変わらずブルブル震えながら布団の中で発汗効果を期待した。
死に物狂いで携帯に手を伸ばし上司に休む旨を伝える。
「次の夜には元通りだろう」という考えはとうになくなっていた。
「明後日?そんな先のことはわからない」というセリフが脳を巡る。

午前9時
とうとう泣きながら母親に連絡する。
大袈裟な母親はすぐに救急車を呼んだ。
初めての救急車。待機してる白バイ。
別に全身痙攣でも起こしてるわけでもないのに申し訳無いなとか思ってた。
でもこの時までは絶対死ぬと考えてた。

救急隊員は脈拍と血圧、体温を計った後、「緊急性はないので、近くの病院の外来診察を受けて下さい」と歩いて数歩の病院まで案内した。
かかりつけ医だよ!本当に申し訳無い。さっさと帰って笑い話にするがいい!

午前10時
かかりつけ医からも「24時間経ってるし胃洗浄もする必要ない。緊急性もない。残った症状は時間の経過と共に消えるでしょう」とのこと。
体力がなくなっていたので、点滴を受けて胃薬をもらう。
ついでに「少なくとも1ヶ月は働かないように!あなたの場合それで解決!」と診断書をもらう。




完全に症状が消えたのはその日の夜だった。
病院を出た後もしばらく手の痺れや動悸がしていたので本当に時間が解決してくれるのか不安で仕方なかった。
結局服用から30時間以上もカフェインが身体に残っていたということだ。
ゲップに残る僅かなカフェイン臭も含めるとさらに長い。
今も身体をカフェインが支配してるような気がする。腋臭の人を馬鹿にしてる場合じゃない。

なんだかめちゃくちゃ長くなったけど、そんな感じ。
もう反省の一言。病院の方々に深くお詫びしました。



最初に書き忘れたけど、カフェイン中毒にかかってしまった場合、解毒剤や血清などで対処不可能なので「対症療法」で治療するしかないんです。
つまり胃洗浄とか時間の経過で、身体から毒素が抜け切るのを待つしかないということ。
これは承知の上でしたが、まさかこんなに苦しむとは全く想像出来ない愚か者でした。

深夜に命懸けでググったとある2chまとめに、「自殺には向かないよ」と大文字で表示されていてさらに後悔。
しかもどの経験談を読んでも半日で回復してる。どうして自分は回復しないのか、という焦りも絶望へと誘います。
何が一番辛いって、考えたらいけないことがいつもよりも不安や恐怖心が100倍マシマシで襲ってくることです。1000倍か一万倍とかいう表現をしても大袈裟ではない。
仕事のこと、将来のこと、どんなに些細なことでも頭の中を支配します。
何度も「この世の地獄」という言葉が浮かびました。だからといって死なせてもくれないんです。もちろん眠って誤魔化すことも許されません。
中には自殺衝動に駆られる人もいるらしいですが…



今回のお話は「急性カフェイン中毒」の場合。
普段からカフェインに依存した結果起こるとされる「慢性カフェイン中毒」についてはよく調べていません。
ですが、職場のデスクが缶コーヒーやエネルギードリンクの空き缶で溢れ返っている人、いますよね。

身近で手軽なカフェインは、アルコールよりも怖い存在になり得るかもしれませんよ。
自殺目的以外でも、仕事に熱中し過ぎて眠眠打破とか並べまくっちゃう人も要注意。



さすがに自分より馬鹿者はいないでしょうけどね…マジで、自殺には向かないです。


【映画】シェルター【ネタバレ】

相変わらず未来が見えない生活が続きますが、気晴らしに映画の話。

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これも詳しい解説は他のブログさんの方が良いかと思いますので、自分なりの感想を。
以下ネタバレ注意。





精神分析医のカーラは多重人格者否定派で、妄想の一種と考えている。
見かねた父親は自身の患者である奇妙な多重人格者(アダムとする)とカーラを引き合わせる。
父と娘の分析合戦が始まり、カーラはアダムについて調べていくうちに科学では説明できない事象に遭遇していく…

多重人格者アダムの裏の人格であるデイヴィッドは25年前に亡くなっているはずの青年であった。
デイヴィッドの故郷を訪ねると、絵に書いたような怪しい寂れた村。
母親は存命していて、アダムと会わせるとデイヴィッドしか知らないことを知っていて息子であることを認める。

ここから話を一気にすっ飛ばすと、この多重人格者は村に伝わる土着的信仰呪術によって死ぬことを禁じられた”魂の器(シェルター)”だったのだ。
元々は牧師で、村の疫病を信仰によって治すと言い、実は村人たちを騙していた。
怒った村人たちは牧師の娘を殺し、牧師に呪いをかけ、それから牧師は不信仰な魂を吸い続けてさまよい続ける者と化する。

終盤はカーラの知人や家族が次々と(肉体が)殺されていき、最終的に娘だけは守るべく、牧師を仕留める。
既に奪い去られた娘の魂が肉体に戻るかと思いきや、その娘の口から発せられたのはデイヴィッドが作曲したあの不気味な音楽であった。



というところでスタッフロール。
感想で口々に言われるのは「無駄な脅かし要素のせいで今一歩」ということ。
そうなんですよね。
最近観たホラー映画って「なんでそこ手抜いちゃうかなぁ」って感じで、少しだけ形を整えれば名作になり得るものばかりで残念。

この作品ではあまりなかったですけど、ホラー映画で一番やってほしくない演出は暗さで誤魔化すこと。
『武器人間』も旧ドラえもん声優使って宣伝した割に微妙。

『シェルター』は多重人格者とは何かというテーマがあって、前半の父娘論争がすごく面白かったので、後半からあれだけホラー展開にするんだったら開き直って『シックスセンス』風に終わらせて良かったのではと思いました。
ゲームに例えるなら『サイレントヒル』かと思ったら『クロックタワー』でしたみたいな。まぁそれはそれで。
肉体を倒されても魂の器ごと乗っ取れるとか、結末は読めてたけど割と斬新な怪物だよね。
100年もよく同じ肉体でさまよい続けたなとは思ったけど。

あとモヤっとするのは、あくまでこの作品における「信仰」というのが、キリスト教なのか、村の土着宗教の悪魔崇拝なのか、はっきり説明されていない。展開から考えて後者だと思いますが。
一見カーラの娘が信仰を嫌っているような場面があるし、ところどころ十字架が登場するのでキリスト教関連かと思わせますが、カーラ一家は職業柄心からの信仰心はなかったでしょう。
しかしカーラは信仰心強いような演出でしたよね。なんでも科学で証明できるという呈はあるのに。
その辺りがチグハグだったなぁ…前半と後半では別々の作品のようです。
悪魔崇拝とか出てきた辺りで、精神分析医はこれをどう解決するかちょっと期待してしまいましたが、普通に直球ホラーでした。




さて、多重人格(解離性同一性障害)の原因が何なのか、自分はカーラの頑なな考え方もすごく好印象だったのですが、改めてこの症例について調べてみると興味深い。

いつだったか「多重人格は100%自覚してやっている」なんて記事を読んだことがあるような気がします。
100%とまでは言い切れないですが、悪魔とは言わないまでも何かしら周囲に原因があるはずです。
基本的に他の精神病と同じくして強いストレス状態から脱却する為の手段のひとつとして考えられているようですが、人格によって絵のタッチが全く異なるレベルまでいくとさすがに驚きますが…

何故この病気の判定が疑わしいかというと中二病をこじらせた人もやるからです。
小学生時代に自らを二重人格だと自称する女子がいました。
少女向け雑誌とかでやたら「二重人格」だのなんだって煽っていたせいだと思われますが、その子の場合普段から虚言癖、かまって行為が顕著でした。
今思えば彼女の家庭環境に少し問題があったように感じます。今はどうしているのやら。
すると誰かの気を引く為に何者かを演じることはいくらでも可能なわけです。
特に若いほどそういうものが「かっこいい」とさえ考えてしまう。


よくよく考えると「どうしてあんなことしたんだろう」という奇行は自分にもあります。
過去のブログなどを読み返せば明らかですが、今自分が罹っているらしい適応障害も異常行動が目立つそうです。
物理的に人を傷付けていたかもしれないということもしばしば。

人格がコロコロ変わる感覚というのはわからないです。





余談でしたが、個人的には割と良作でした。