【日記】会話ムズカシイ…【相槌】

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今更ながら自分で感じたことですが、会話が下手だなぁと思います。

他人から注意されたことで、相槌に「あぁー」「へぇー」「おぉー」を多用し過ぎと言われました。
これが相手に対して失礼な態度になっているとのこと…

今まで意識しなかったけど、意識してみると確かに相手は「関心なさそうに聞いてるな」と思うかもしれませんね。

相槌って、会話が苦手な自分としては”間を持たせるためのツール”として重要で、相槌を縛られると会話が途切れて気まずい雰囲気になってしまいます…
代わりに「はい」って言えばいいじゃないと言われましたが、それこそ素っ気ない感じになってしまうような…

そもそも他人に対して興味を示せないという欠点があります。
普通の人なら会話会話を繋いで盛り上げていくスキルがあるものですが、自分はそこのところを発展させるのが難しいです。
相手と共通点があれば違うんですけどね。

もうひとつは相手の話を遮ってしまっていいのか、相手は聞いてほしいだけでこっちの話は聞きたくないかもしれないという不安から、今ひとつ盛り上げられないのがあります。
友達同士ならそういう遠慮はなくなるんですけど…

周りにはそういうのが当たり前にできる人が多くて羨ましくなります。
大人になったら自然にできるもんだと思ってましたが、これが自分の特性のようですね。
人と話せる場を利用して直していきたいです。


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【日記】見過ごせない親たち

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今回は親子にまつわる”見過ごせない”出来事を書きます。

●スマホいじり
ショッピングモールに行った時のこと。
休日で広場に子供向け遊具が設置されていました。

幼児向けの小さな滑り台があって、3~5歳くらいの子供ばかり。
側には親が座れる用の椅子が並んでいるんですけど、5人くらいの親が全員スマホいじってました。
まるで電車の中の大人たち。

いや、スマホいじるなとは言いませんけど、少しは子供を見た方がいいんじゃ…
子供たちが遊ぶ側で親たちが列をなしてスマホに夢中になる姿はちょっと異様でした。

恐らく知らない親同士で話をしたくないからなんだと思います。
気持ちはわかりますが、こういう瞬間に子供が怪我するんでしょうね。


●高いところに乗せる親
ショッピングモールでは定期的にキャラクターショーをやっているのですが、二階からも見られるようになっています。
柵があって、幼稚園児くらいでは届かないし、背伸びしなきゃ見えない。

なので親が抱っこしたりするんだけど、中には柵によじ登らせる親がいます。
見てたら明らかに柵の外へ乗り越えそうな不安定な格好になっているから危ない。

しかも親はそれを制止するどころか、「いいぞいいぞ、そうやって見ればいいのよ」と褒めてる。

もし柵を乗り越えて二階から落下してしまう子供が発生したら規制が激しくなって、イベントに影響が出そうです。



どういう状況が子供にとって危ない場面か、欠如しているように思えますね…
もちろんそんな親ばかりではないですけど。


【日記】大きな声では言えないけれど…【けものフレンズ】



すでにツイッターでは書きましたが…


ニコニコではめっきり動物カテゴリの動画を見なくなりましたが、公式の生き物定点観測はたまに見ます。
いや、動物に関する動画に限ったことじゃないけど、最近『けものフレンズ』民のノリがツラくてたまりません。

ネットをやっていればどう避けても「◯◯のフレンズ」「たーのしー!」といった用語を見掛けない日がないです。
ツイッター等、SNSをやっていれば尚更。
映画会社が広告の文句に用語を使っていたのは鳥肌が立ちました。
動物に関わらなくても「◯◯のフレンズ」連呼は本当に辟易します。

『けものフレンズ』という作品に嫌悪感を抱いているわけではないですが、やはり興味のないものを押し付けられている感があると嫌な気分になるものです。
ご注文はうさぎですか?』や『おそ松さん』が流行った時も本当に辛かったです。


あと辛いことといえば、動物園もこのブームに便乗してるところですね。
元々動物が好きで、動物園が好きな筆者にとって好きなものを一時的に禁止されたような気分になるのは何故でしょう。
そのうちペットショップとかと、コラボしたりするんでしょうか…憂鬱です。


多分作品単体だけだったら何も嫌な気持ちにならなかったんだと思います。
ファンのノリで作品自体の評価が下がっているのは、ある意味損しているような気がします。

うーん、あと半年くらいは我慢か…
二期とかあったらもっとですね…


【痴漢冤罪】線路に逃げ出すほどの恐怖

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最近痴漢冤罪が話題ですが、筆者(女)も電車に乗って意識してみると男性が線路に逃げるほど怖い思いをしているのがわかります。

例えば筆者は肩掛けバッグを使っていますが、カバンの位置は自分の膝の上くらいにあります。
前に後ろを向いた男性がいたのですが、ちょうどカバンの位置が男性のお尻に当たってしまうのです。

混んでるし、少しでも体勢を動かさないと疲れてしまうのですが、動く度にカバンが男性のお尻を撫でるような動きをしてしまう。

男女逆なら痴漢に仕立てあげられてしまうんだろうなと怖くなりました。

テレビでは「触れない痴漢」を取り上げ、物で間接的に触ったり、匂いを嗅いだりといったものを紹介し、しかもそれらが実際に検挙されているとのことでした。
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先日線路に逃げた男性は勘違いだったとのことですが、それほど女性を脅威に感じながら電車を利用しているということですよね。
うっかり居眠りして隣の女性に手が当たっただけで人生が終わってしまうならそりゃ痴漢冤罪で逮捕されるより線路に逃げて逮捕の方が社会的なダメージは少ないでしょう。
そもそも痴漢をする気がなくて冤罪を恐れたがために前科が付いてしまうのもどうかと思いますが…

現状は触った触らないに関わらず、女が不快に思ったかどうかで痴漢認定されてしまいます。
やはり解決策は男女完全に分けるしかないんでしょうが、なんだか納得いかないんですよね…

混雑解消さえされれば痴漢なんて起きようがないんですけど、そういう方面に資金を投じてほしいです。

どうして「如何に男を悪者に仕立てあげるか」に社会全体が躍起になってるのか理解できない。


BLと淫夢は同じ!?

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「BL批判するくせに淫夢は批判しないんだね」

という、とんでもない暴論を持ちかけられたことがあります。

最初に指摘しておくけど、腐的にBLと淫夢が同じ扱いでいいの?

腐女子は普段BLのことを「尊い」なんていいながら崇拝してるけど、淫夢民はゲイビデオ(やノンケビデオも含む)特有の棒読み、スカトロやSMといった映像を取り上げて心の中ではバカにしつつ動画を切り貼りしてる。
野獣先輩がリスペクトされてるように見えるけど、あれは「いじめ」の構造と全く変わらないと思います。
淫夢民はノンケ若年男性が多いと思われますが、あくまで自分とは異なる属性の男性(ゲイ)を軽蔑する気持ちを持っている一方、世の中にはあんなとんでもない映像が出回っていることへの驚嘆が含まれています。
定期的に中年・熟年のゲイビデオがピックアップされて、再生数が伸びるのも「自分たちよりもあまりにも年上の人たちがすごいことをしている」という異世界感があるからでしょう。

BLと淫夢が同じでいいということは腐女子はやっぱりキャラを貶める目的で、同性愛者に仕立てあげてゲイセックスをさせているということでいいんでしょうか…?
また、BLをネタにする人たちが現れて、「このBL漫画がキモ過ぎる!!」と場面を1コマずつ切り抜かれてMAD動画にされるようなもの。
そんなことしたら、腐女子は烈火の如く怒り出すだろうし、BLをネタにしても笑える要素がないというか…

淫夢はドラマパートが取り上げられて、「こんな素人俳優が棒読みしている」とネタにされています。
むしろその割合が強いような気がします。
某特撮の棒読みがネットスラングになったように、ドラマとして違う視点から見られているんだと思います。
そもそもAVでドラマパートがクローズアップされることはあまりないことですよね。
そういうドラマ作品としての要素、男子が喜ぶゲイ・下ネタ要素がマッチングしたのが淫夢じゃないでしょうか?
BLには10代男子がネタにして大笑いできる要素がありますか…?というか、笑われてもいいんですか?

腐女子って自分がネタにされることをすごく嫌いますよね。
腐女子はBLを絶対ネタにできない、何故ならその世界に自分自身を投影しているから。
ネタにするということを自分自身を否定することになるし、友人をも否定することになります。
だからBLの世界に笑いはありません。



最初に戻ると「BLは批判するくせに~」という腐は要するに「同じゲイなのにあたしたちだけ叩くな!」と言いたいんですよね?
そもそもBL=ゲイじゃないです!
もっというと淫夢=リアルゲイの世界でもない!
ノンケ向けビデオを見て、リアルの男女交際に繋げる人なんてまさかいないと思いますが…

このベクトルで攻撃してきている以上、何の議論にもならないんですよ…

ゲイをバカにして喜んでいるという点では淫夢民と大差ないかもしれないですけどね。



最後に淫夢について一言。
筆者は淫夢の本編動画しか知らないんですけど、最近は検索してもアニメや実況ばかりのような…
ここまで原型が崩れるともはやコンテンツとして成立しているのか疑問。